三男誕生

in 思考の果実

2017年3月31日6時頃。僕は石油ストーブに暖まりながら、デザインの仕事の段取りを考えていた。考えていたが、それよりたしか明日でお世話になった商工会議所の人が異動してしまうのでライ麦パンを焼いて持っていこう、と思い立ち、100%ライ麦パンを3本仕込み終わったところだった。午後には焼き立てを持っていけるな、と思ってたら、珍しくこの時間帯に妻が寝室からやってきた。

陣痛が来たというのだ。

ついに来たか。予定日は4月2日。ギリギリ一番早い誕生日を向かえる男になるはずだったが、逆に超早生まれの男になるのか。そう思いながら仕込んだパンをすぐさま冷蔵庫に入れ、まず自分の身支度をはじめた。着替えて妻の持ち物を点検し、助産院に連れていく息子たちの一泊分の着替えや遊び道具を用意して、僕の現状の仕事データをまとめた。今日は3月31日の年度末。今日入稿せねばならない仕事だってあるのだ。

妻はかねてから病院ではなく助産院で産むことを考えていた。僕は妻本人ではないのでその考えの詳しいところまではわからないので書かないが、とにかく助産院で産む。徳島県ではなんと珍しいことに助産院がゼロで、自宅から最も近く、大阪の助産院からも勧められた高松市の「ぼっこ助産院」にて産むことにしていた。子供たちを起こし、すぐさま着替えさせてクルマに載せて、高速で高松市に向かった。

3月31日はしとしとと雨が降っていた。到着してすぐに妻を診察室に通し、月末でもあるので僕は銀行での用事を済ませたり、妻や子供たちの軽食を買うためパン屋を探し回った。子供たちは助産院に今まで2度ほど助産院には同行していたので、場所はなんとなく覚えていたらしい。痛がる妻前に2歳の次男は少し混乱気味だったが、6歳の長男は「出産は痛いものだ」という認識が既にあるからか、むしろ退屈でたまらないとでも言わんばかりに助産院に置かれているおもちゃで遊んでいた。

当然助産院にはWiFiは無いので、スマホの電波でなんとかデータのやりとりをしたり、スマホからPCのメールでメールを打ったりしていた。苦しむ妻と退屈な子どもたちとの板挟みで、結局のところ最優先すべき入稿の仕事だけデータを完成させて送り、あとは家族の相手をしていた(あたりまえ)。

とにかく子供たちができるだけ機嫌よく過ごせるようにしよう、ここで駄々をこねられたり拗ねられたりしたら出産の最大の妨げになってしまう。そう考えて昼食は3人でラーメン屋に行き、満腹になったら雨の高松市の中を軽くドライブした。高松は港町なので、湾岸沿いを走らせたら珍しい車や重機が間近で見ることができる。子供たちはそういうのが大好きなので、大きなクレーンやコンテナ輸送専門の車などを見回り続けた。

昼下がりまで妻は診察室に、僕らは出産と滞在用の畳部屋にて待機していたが、いよいよ陣痛の痛みが増してきた頃には妻は畳部屋に移動し、僕らは逆に診察室で待機した。偶然にも午後からの診察がゼロだったためだ。長男は助産院の「学研のニューブロック」を見つけて、そのパッケージに貼られていたロボットの写真に一目惚れし、「どうやったらおなじものがつくれるか」とひとりで一心不乱に制作をはじめた。次男はトミカや幼児用の知育玩具などで遊んでいたが、母が恋しいのかバタバタと走り始めた。やっぱりそうなるか、と思いながら用意していたノートPCでビデオを観せ、なんとか落ち着かせた。

すごいはやさで模写のごとくロボットをつくる長男。

17時半ごろ、「そろそろ入ってきてください」との助産師さんの声が入ってきた。出産はクライマックスを迎えていて、それはもう修羅場だった。でもその第一印象は「この雰囲気、なんだか懐かしいな」だった。次男を助産院で出産した時もまさにこの光を遮った薄暗い空間と妻のがんばっている 声があったからだ。そしてそんなシーンは出産以外には見当たらない。2年前をはっきりと思い出し、まるでSF漫画などでよくあるタイムスリップのようだなどと漠然と思ったが、あの時の空間とはちがって男が3人部屋にいる。
長男は「出産する時はお母さんは苦しむ」ということを経験から知っているからか、単に怖いのを紛らわそうとしているのか、完成したロボットを部屋に持ち込んでぎゃーぎゃー叫ぶ母から離れてひとりでロボットと遊んでいた。次男は「こわい、こわい、あっちいく!」と泣き叫び続け、僕がずっと危ないところに行かないように見張らざるを得なかった。

みんな必死。ロボットも必死で見守ってるっぽい。

助産師さんが二人も付いていてくれてて、刻々と変わりゆく妻とお腹の子供の様子を逐一声かけしながら万全の体制を取っていた。僕は妻の手を握っていた方がいいのかと思い、握ろうとしにいったが、ちょっと触ってから「いきみにくいから、いらん!」と言われた。

そうこうしているうちに18時8分、三男が無事産まれた。

 

3月31日 18時8分、誕生

へその緒を切る

僕と長男は「やっと産まれたか、やれやれ」的な感じで受け止めて、とても喜んだ。助産院からの脱出を必死で試みていた次男も、へその緒を切った頃にはすっかり落ち着いて「あかちゃん?あかちゃん!」と連呼していた。

甲子園優勝バッテリーに駆け寄るナインのごとく集まる森口家

明日明後日は休みだけど、子供たちの就寝が遅くなりすぎると明日が辛くなりそう、ということで20時過ぎに助産院を出て、高速をゆっくりと走らせて帰宅した。よくわからなかった次男はまあ置いとくとして、長男はお母さんに甘えたいのも我慢し、次男の面倒を積極的に見ようともしていて、実はとても「がんばっていた」のではないかと思い、サービスエリアでアイスクリームを買った。とても喜んでいたが、高速を降りる頃にはアイスを持ったまま眠ってしまった。神山町に入る山道で突然目覚めてわずかに残っていたアイスを落としていることに気づき、ちょっと笑って、またすぐ眠った。

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