三男の名前(2)

in 思考の果実

子供の名前をつけるにあたり、子供に教えてあげたいな、と思うことのひとつして「この世のすべてには二面性があるよ」が僕にはある。
善と悪。陰と陽。白と黒。光と闇。天と地。どちらか一方しか存在しない世界というのは無いし、そのどちらも併せ持ってこそ「人間」なんだと思う。どちらも持っていて、どちらか一方を排除することはできず、そのバランスの中で揺れ動く存在なんだと思う。どちらもあるからこそ人は悩みながら生きていくものなんだろうし、そしてどちらもあるからこそ人生の「壁」を乗り越える力を持てるんじゃないか。そういう気がする。

だから、「空海」というネーミングはすげえ!と次男を名付ける時に思ったものだった。

空と海。一見して同じ「青」なのに、天と地という絶対的に二極反するものを合わせ持つという名前。空の領域と海(地)の領域をすべからくカバーしているよ、俺が「世界」だよ、という意味にも取れる名前。すごいな。いいな。
だから次男の時は「森口空海」という名前も妻に提案したが即却下となった。

でも、そういう「この世の理、二面性を合わせ持つ名前」というのを、どうやって氏名で表現できるのか。それを今回の三男でもぼんやりと考えるようになっていた。しかしながらそんな氏名はそうそう見つからない。
そのうえで、前回にも書いてたように「太陽」のようにいつも明るく誰にも等しく光を照らすような人間になってほしいな、とも思っていたので余計に悩んでしまっていた。高望みなのかねえ……名付けってそんなに大層に捉える必要も無いのかねえ……とすら思っていた。

で、悩んでいるうちに名前を提出する締め切りの前日になってしまった。その日は長男の入学式があった。大雨の朝に式が行われ、最後に体育館の舞台で国旗をバックに親子写真を撮る、というのがあった。
潔いデザインでいいなあ日の丸……、太陽だよなあ……、と思いながら、次々と撮られていくよその親子を眺めなていた。そしてその時、ふと、「あった!!」と閃いた。

「この世の理、二面性を合わせ持つ」空海と同じ意味を持たせることができて、かつ太陽である名前。あった。見つけた。

「旦」だ。元旦の旦。「太陽が地平線上に現れる時」という意味で、夜明け、朝という意味だと辞書に書いてある(ちなみに元旦は「正月の朝」という意味)。
この漢字だと地平線(水平線)が地を、「日」がそのまま天を表してる。夜明けというのは夜と昼のちょうど中間。形状的にも、意味的にも二面性を合わせ持っている。そしてそのまま太陽で、いつも明るく誰にも等しく朝日を照らしてる。

帰宅してから妻にこのような意味を持っている名前であることを説明(プレゼン)し、さらに「これだと俺ら(森口耕次と旧姓:濱田智美)よりも画数がグッと少なくて本人ラクで助かるよ」とも付け加えた。
「アンタがそこまで考えて決めたんやったら、もう何を言っても変えんのやろ?明日過ぎたらまずいから、もうそれでさっさと役場に行ってきて」という返事をいただき、「旦(あきら)」という名前を名付けた。

森口旦。これからの人生、いろいろ悩んでほしいし、やってくるであろう「夜」は全部きれいに明けてほしいな。そして明るく周りの人を照らしてほしいな。

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