ついつい寝かせてしまって

in 思考の果実

今日はこんなことがあった。面白かった。とても思うところがあった。ブログに書こう。でも、子どもたちが帰ってきたらご飯から風呂から寝かしつけからてんてこ舞いで、さらに仕事も当然あるから、ブログは後回し……。

などという日々がこのところずっと続いている。そんなことを続けていると、今度は起こった出来事について考えたことが、自分の中で「流されて」しまっている。そのときの新鮮味も日々のやらねばならないことの波に「流されて」しまっている。そんな気がした。今。

日記はできるだけつけている。でもブログとなると構えてしまい、「別物」として捉えてしまうからなのか、「見直す時間も考慮しながら丁寧に書かねば」などと思ってしまうのか、また数日寝かせてしまう。もしかしたらこの「丁寧に書かねば」が、書くこと、書き始めることに対して心理的な「壁」になってしまってるのではないか。そんな気がした。今。

ブログを「まとめ書き」している友人を知っている。長い記事を書き、それを複数回に分けて、「つづく」とするやりかた。それはアウトプットとして、表現としてはとてもまっとうだと思う。長ったらしすぎる文を読んでもらおうとすると、たぶん最後まで読んでくれないと思う。途中でスマホのフリックする指が止まってしまうと思う。だから細かく分割すると、完読しやすいだけでなく、次への期待感も出てくる。いいと思う。

いいと思うが、僕はなかなかそれが出来ない、ということがわかった。分割して書くのはできる。でも、それを次の日に公開しようとか思って寝かせていると、もうその次の日にまた新しい出来事が起こってしまっていて、その日の自分としてはそっちの「新しいほう」をみんなに言いたいな、と思ってしまうからだ。3回4回の連載記事を書いたとして、それを3日目4日目にアップしようと企てても、人間4日も経てばぜんぜん違う状況に出くわしているはずだと思う。少なくとも僕はそうで、4日も経てばその日やその前日に考えたことを言いたくなってしまう。

と、いうことをなんとまた3日間も寝かせてしまっていた。実はこの記事を書いたのは3日前の月曜日、パンを成形してオーブンを温めている空き時間に書いていたのだった。
ああ、もうそんなことすら僕は寝かせて先延ばしにしてしまっているのか……とちょっと愕然とした。そして今読み返してみて、「じゃあその日その日に考えたことはそのまま書いたとして、それはそれとして連載で書きたいことも公開日時を自動的に設定してアップさせりゃあいいんじゃないか?」とも思った。
日常は無常。変わらざるもの無し。常に試行錯誤の連続。仕事のやり方進め方、暮らしの便利さ快適さを日々アップデートすることが僕の趣味。ひとつところの方法にとどまることなく、どんどん変えて生きていきたい。(この寝かすクセはまず早々に変える)

思考の酵母: ,