ノンシュガー

in 思考の果実

この秋、妻は虫歯の治療に専念していた。

奥歯に大きい虫歯があるらしく、もう治療法がほぼ無いようなレベルに達しているらしかった。解決方法というと「神経を抜く」というものくらいしか無いらしかった。
神経を抜くと痛みがないからいいじゃない、と僕は気軽に考えていたが、歯というのは一見して骨のような固い無機物に見えて、実は中には細かい細かい血管が張り巡らされている、柔らかいものなのだそうで(外側のエナメル質が固い)、神経を抜いてしまうと樹木でいう「立ち枯れ」状態になってしまい、血も中で流れないので自己治癒力も無くなり、実はまあ大変なことになるものらしい。

で、当然妻は神経を抜くのは嫌がった。結果、唯一の代替案として示された「今後一生ずっと砂糖や果糖を口に入れない」という方法をとった。
まず2ヶ月ほど砂糖を一切断ってみて、それから経過を見て「虫歯が広がっていない」ならば、ずっとそれを続けながら適切な予防を一生続けていけば、もしかしたら、すごい低確率だけど、神経を抜かなくて済むかもしれない。共存ができるのかもしれない。そのような提案に、妻は乗った。

もともと森口家は「砂糖は白かろうがそうじゃなかろうが、身体によくない」という命題を妻が掲げており、日々の料理にはほとんど砂糖を使われていない。みりんで代用している。だから、たぶん達成できるだろう。果物が食べられなくなるのは辛い。相当辛い。でも、たぶん達成できるだろう。本人はそう考えていたに違いない。

しかしところがどっこいウチはパン屋でもある。

基本的にはウチのパンには砂糖を入れない。ハード系パン屋だから、ベーグルにちょっと入れるくらいだった。しかし、ウチは焼き菓子もつくる。好評のグラノーラやスコーンには当然砂糖が入る。だから、味見ができない。こまった。

困ったのならば、砂糖を入れないレシピに変えてしまうか、新たにつくろう。妻はこう考えた。そして、少しずつ作り始めてた「どっしりとしたハードな重い食パン」には砂糖を入れるのをやめた。ベーグルはそもそも作るのをやめだした。砂糖を入れねばならないスコーンは僕が味見をして、砂糖不使用のスコーン「酒粕のスコーン」なるものを開発しはじめた。焼くとチーズのような味がする、酒のアテになるんじゃないかと思ってしまう味のスコーンに仕上がった。

 

そして時は過ぎ、10月下旬。去年から販売を始めたクリスマス用発酵お菓子「シュトレン」の製造をそろそろ考えねばならない時期が来た。

これが砂糖を使ってるシュトレン。外側に砂糖の衣を着せる。

 

シュトレンとはドイツの発酵お菓子。菓子パン。オランダでも食べられる。ウィキペディアを抜粋してみると、

シュトレンという名前はドイツ語で「坑道」を意味し、トンネルのような形をしていることからこの名前がつけられた。生地には酵母の入った生地に、レーズンとレモンピール、オレンジピールやナッツが練りこまれており、焼き上げたケーキの上には真っ白くなるまで粉砂糖がまぶされている。その形が幼子イエスを産着で包んでいるように見えると言われている。
ドイツでは、クリスマスを待つ4週間のアドヴェント(待降節)の間、少しずつスライスして食べる習慣がある。フルーツの風味などが日ごとにパンへ移っていくため、「今日よりも明日、明日よりも明後日と、クリスマス当日がだんだん待ち遠しくなる」とされている。西フランスのアルザス地方でも食べられ、地方の代表的な菓子とされている。 ドレスデンでは、クリスマス時期の第2アドヴェント前の土曜日に、巨大なシュトレンがパレードするシュトレン祭(Stollenfest)が開催されている。

とある。

要するに、けっこう砂糖が入るのである。生地の中にも当然入るし、外側が白い砂糖でガッチリとコーティングするのである(防腐目的でもある)。

これ…どうすんの?今年も手に入れられる具材で作るから、けっこう試作するだろうし、どうすんの?

そんな話に差し掛かった時。妻は言った。

「じゃあ砂糖を使わないシュトレンをつくればいい。いっそのことバターも使わないシュトレンにしよう」

その一言が、この11月にひっそりと続いていた「森口夫妻シュトレン抗争」のはじまりであった。

(つづく)

 

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