そして1年後。

in 思考の果実

1年前の今日、2015年の1月の3連休は、奈良県立図書情報館での「ひとの居場所をつくるひとフォーラム」に参加していた。
「働き方研究家」という肩書きを名乗る、プランニングディレクター・デザイナーの西村佳哲さんが、いろんな「ひとの居場所をつくっている」ゲストの話を公開インタビューのようなかたちで聞くというイベント。そして、イベント参加者達同士も語りあうことで、各々が「ひとの居場所をつくるってどういうこと?」と感じたり考えたりする、というイベントだった。

西村さんのことを知ったのは「自分の仕事をつくる」という本からだった。2003年。当時の僕は障害者の授産施設での仕事を辞め、グラフィックデザイナーを志して転職先を探したものの見つからず、「求人広告の製作」という職業に転職して1年が経とうとしていた頃だった。

企業を取材し「こんな人に働きに来て欲しい」という意見を魅力的に膨らませて原稿を書く。そして小さいカット的なグラフィックやイラストを描いて添える。「求人広告の製作」とはそんな仕事だった。
やりたかった純粋なグラフィックデザインではないという歯がゆさがそこにはあった。でも、いろんな業種の会社に取材して、言葉からビジュアルまでつくる仕事は、全体から細部まで一人でつくる、という方向での充実感もあった。また、「じゃあ自分独自の方法で仕事を進めている人や、自分独自の能力を仕事として、それを他者から求められる人って、どういう人?」という考え方も湧き上がっていた。
そんな時に出合った本だった。

最初は「『一般企業の働き方のレール』から外れた人たちが列挙されてる本」なんだな、という印象を持っていたと思う。でも、読むにつれて「インタビューイの在り方」を知る楽しさもさることながら、「こういうはたらきかたを知り、こんな声を聞いて、私はこう考える」という西村さんご自身の受け取り方や、文章の美しさ・ユニークさ(唯一無二な表現)に惹かれていった。

「この人は、どういう観点から人の話を聴いているのか」
「この人は、人の話を聞いている時、どんな状態なんだろうか」
「この人は、どういう発想からこんな素敵な文章を書くんだろう」

たとえばグラフィックデザインなら、製作者より「そのデザイン仕事」に憧れることの方が多いのかもしれない。でも、そんな「成果物」に憧れるよりも「それを(その本を)生み出した本人の考え方や根本」に憧れる、という気持ちを持ったのは西村さんがはじめてだった。

だから、西村さんの活動はついつい追いかけるようになった。もう追いかけて10年以上になる。2015年も1月の3連休から彼をまた追い続けていた。

でも、2015年は自分たちの環境が大きく揺れた1年だった。3月に次男が誕生したが、いろいろあって「都会の集合住宅暮らしでのデメリット」をたくさん体験することとなった。そして「大阪市や茨木市といった『都会』で暮らすことは、もしかしたら森口家4人には難しいことなんじゃないか? 他の家族には『便利』と思える教育環境や交通環境の町だとしても、僕らにはそれが『快適』とはなっていないんじゃないか? 特に4人の精神的に」と思うようになった。年末から長男の体調が大きく崩れて、集団行動がとても困難になってしまったことが、さらに追い討ちをかけた。「ビジネスを成功させるための居場所よりも、家族4人が『善く生きる』ための居場所を求めるべきではないのか」と考えるようになった。そんな揺れ続けた1年だった。

そして、あれから1年後の今日。神山町の「オニヴァ」というレストランで、当の西村さんご夫妻と暮らしかたやはたらきかたの話をしていた。追いかけて追いかけて、追いついた先は彼らの住む町のレストランのテーブルの上だった。何かの依頼や約束などでは一切無くて、ただただお互い「今、思っていること」みたいな、とりとめもない話をした。お互いの現状についてであったり、今年の抱負のような話であったり、「自分が住むところにはこういうのがあったらいいなあ」という空想のような話であったり。ひとが住みたくなる町には何があったらいいのか。その「何か」を仕事とする人が現れるとしたら、それで生計を立てられるにはその本人も周りの人たちもどうすればいいのか。そういうことにぼんやりと思いを巡らせながら、思うままに言葉にして口から発していたような夜だった。

2016年はこの人たちとどんな関わり方になるんだろう。楽しみです。

夜のオニヴァ。