神山に行く理由

in 思考の果実

最初に「田舎の一軒家で暮らしたい」と言いだしたのは妻だった。

現在住んでいる茨木市のマンションでは、妻は隣のベランダや下のベランダから流れてくるタバコの煙や合成洗剤の臭いにずっと悩んでいた。タバコの煙はまだ注意できるが洗剤までどうこう言うことはできない。しかしあんなものは香りとは言えない。病的に臭い。偶然にも夫はフリーランスのデザイナーだから、インターネットさえあればどこでだって仕事ができる(はず)。だったら田舎で空き家なんぞを借りて自然の中で子育てをしながら暮らしたい。長男を産んんだころから妻はずっとそう言い続けていた。東日本大震災が起きてからは「持ち家があると大きな災害や人災が起こった時に動けない」のでマンションや家を買うなど以ての外。借家。空き家を借りたい。そう言うので、ここ2年ほどずっと「田舎の空き家」を探していた。

最初は「まあ言うても大阪にいた方が仕事的に便利に違いない」と思っていて、柏原市や高槻市の山奥などを探していた。デザインの仕事はネットさえ繋がっていたらどこででもできるとは言っても、お客さんに会いに行く時もたくさんあるわけだし、大阪市の中心部に車か電車で1〜1.5時間で行けるくらいの集落でないと、おそらく不便だろう。当初はそう思って、篠山市や滋賀、奈良は東吉野村まで移住先を探した。
東吉野村の移住促進担当の方がとてもいい人で良くしてくださり、とてもいい物件がすぐに見つかりもした(母屋と離れとで合計10部屋くらいと蔵がふたつ、井戸付きの庭と畑が付いていた)。いいなと思っていたけれど、持主と連絡が取れず、3ヶ月音信不通になってしまっていたりもした。

その待っている3ヶ月のあいだにふと「いやいや…淡路島も移住先としてはいいんじゃないか」と脈絡もなく思いつき、偶然その時に「淡路はたらくかたち研究島」が開催されていることにも気づいた。かねてから細く長くおつきあいさせていただいていた西村佳哲さんにメールを送り、「研究島のイベントに参加してたら移住受け入れをされる行政の方々とかと出会えるかも知れないよ(保証はないけど)」というやりとりがあって参加することに。

しかしながら、淡路島はクリエイターどうのこうのは関係無しに「移住バブル」のような状況で、それはもう空き家というものが無かった。あったとしても不動産屋経由の普通の賃貸物件ばかりで、家賃がとても高い。地元の人づてで物件が出るかも……という噂は聞こえてくるけれど、その「関係構築」をするためにはとても時間がかかり、「まず淡路島でマンションでも借りて住み続けながら探さないと」とまで言われるくらいだった。それでは当初の妻の未来予想図とはかけ離れたものになってしまう。

やっぱり移住は時間がかかるよね……。まず地元の人と関係構築をしていないと「不動産屋を通さずに一軒家を他人に貸す」とかハードル高すぎるよね……。

と思いながら淡路島通いが終わった矢先に、当の西村さんから「関西から離れて神山町も移住の射程距離内なら、一度遊びに来てください」と連絡が入り。川の美しさに家族みんなで驚いたり、初対面の町民と長い立ち話をしたり(大阪では考えられないこと)、町に着いて3時間後には空き家を紹介されたり、後日よくよくみんなで調べたら住める状態ではないことがわかったりしながら、それから毎月家族で遊びに行くことになり、町の人と仲良くなっていった。
西村さんからも「この町にはグラフィックデザイナーとパン屋が居ないので、来てやってくれたらいいなぁ」という話をよくされるようになり、町の広報誌のデザイン仕事も頂くようになった。そして「森口さんはパン屋をやったらいいと思う」と毎月のように言われるようになった。(これには西村さんなりの深い考えがあってのアドバイスなのだが、それは別の話で)

そんな時、長男が体調を大きく崩した。

もう酷い時は「こんなボロいマンションでこんなに騒がれては、苦情やら通報やらあったらみんな一緒で生きていけない」と毎晩毎日不安に思ったし、かといってここまで情緒不安定な家族を連れて別の県に引越しなど、移動すら難しくてとんでもない……とも思ったりして、「前に進むのも後ろに下がるのも無理」みたいな年末になっていた。

しかしながら、病院で診察を受け、市の児童心理司のテストも受けて、

  • 庭のある家で、自由に遊べる山川などの自然が近いところで暮らすと、身体能力の復活に吉。
  • 10〜20人クラスで中学卒業まで過ごせられたら「他人との関わりかた」を順調に獲得しそう。
  • でも週や月に数度、自分の日常や文化と異なる面白い善人と出会える環境に身を置くべし。(日常を壊す悪人とは出会ってはならない)

という3つの条件が見えた時、すぐに思ったのは、

「それって、常に小中高校の廃校危機を抱きながらもアーティスト・イン・レジデンスで外国人やら芸術家やらクリエイターやらが行き来する神山町が最適じゃないか」

ということでした。

今の長男を回復させるために、そして家族みんなが生き生きと暮らすためには、関西を離れることでの仕事面の不安があったとしても、神山町が最適。引越しをする一番の理由がこれです。

思考の酵母: , ,