天国

in 思考の果実

秋分の日に墓参りに行けなかったので、ただいま参りに実家に来ています。

和歌山の実家は長男にとっては「天国」のひとつ。大阪時代のマンションとはちがって庭付き一軒家でどんだけ遊んでも騒いでもOKで、ちょっと歩くと自然もある。祖父母はどこまでも自分に優しく、自分好みの料理は毎回出て、しかも安価なおもちゃや絵本などに限り祖父母にねだったら手に入る。かわいい猫もいる。それは一言で言うと「天国」にちがいない。(次男は1歳でようやく日本語を聞き取れるようになった頃で、天国たる所以をまだ知らない)

だから、なのか。昨夜の長男は「おじいちゃんおばあちゃんちにいける!」というワクワク感で23時まで眠ってくれず、今朝も6時に起きた。昼寝など無論せず、着いたら着いたでおもちゃで遊び、夕飯はハヤシライスを3杯食べて、そこから焼き芋を食べて就寝したのが21時。

それから24時に突然雄叫びをあげて飛び起きた。「また例の発作か!!」みたいに騒然となる森口家。大声で起こされてしまって共にギャン泣きする次男。就寝していた仏間は火の海のような状況に一変した。ついさっきのこと。

でも、かすかにしゃべっていることを聞き取ってみると、どうやら「次男へのヤキモチ」を夢に見ていたようなのだ。「まこちゃん(弟の真言)には◯△□して!……」みたいなことをぶつぶつ言ってる。明らかな寝言。そういうシチュエーションを夢に見て怒り心頭のご様子だ。まあ親としては安心だ。

思えば最近次男・真言の成長っぷりが頼もしく、「親が話す日本語を理解して、自分なりに返事をする」ようになった。それが楽しくて、いろいろと親からさらなるコミュニケーションをとるようになっていた。「ご飯食べたい?」「お風呂入る?」と聞くと、首を縦横に振り確実にイエスオアノーの意思表示をする。会話ができると親からのやりとりもそれはもう楽になるので、当たり前だけど次男とのやりとりは以前より多くなる。それが長男にとって「自分よりもチヤホヤされている」と捉えているんだろうな。そう思える。

またさらに思えば、そもそも子供は生まれた時から「親という他人なしには生存できない状態」なので、どうしても絶対に親が手をかけ続けなければならない。それに対するヤキモチはさかのぼってずっと持っているではないか。そうも思える。

現によくよく考えれば長男は「弟が生まれる季節あたり」から怒りっぽくなっていた。最初に小児はりに通いだしたのも次男が生まれる前月あたりから怒りやすくなったからであって、例のアクシデントが起こる前だったし。

そしてさらに考えると、「次男が生まれると長男がちょっとおかしくなった」という話を何人かに聞いたことがあったことを思い出した。長男が幼児退行するというか。おもちゃやなんやかんやを独り占めする傾向が強くなるとか。そういった苦労話を所謂「ママ友」達から確かにたくさん聞いていた。存在そのものが自分の特等席を脅かすライバルなのに、ましてや自分の意思表示をしはじめている次男。『だんご三兄弟』で「自分がいちばん 次男」と歌われるとおりのマイペースっぷりを発揮しはじめている次男。それは日々意識したくなくとも意識せざるを得なくなってるのだろう。そりゃあ夢にも出てくるだろうな。

そういえば人類最初の殺人もカイン。弟を殺したカインは「死ねない者」になって天国に行けなくなってしまったけれど、この実家ももしかしたらいつかどこかで彼の「天国」ではなくなってしまうのかもしれない。

今は無条件で甘えさせてくれる場所で、それはそれで彼の最高の場所なんだろうけれど、これから学校に通うようになり、「本当に楽しめること」がいろんな分野でどんどん見つかるようになり、友達ができるようになり、「友達と一緒に遊ぶ時間」ができるようになると、もしかしたらそっちのほうが単純に甘えさせてくれる場所を上回る楽しい場所になるのかもしれない。そうなると「確かにおじいちゃんおばあちゃんは大好きだけど、それはそれとして、僕は僕の大切な友達との時間のほうが大好き」という時が、そんな「成長」が、いつか来るんだろうな。僕がそうであったように。

などと、取り留めもないことを書いてるんだけど、なぜかと言うと息子たちの寝かしつけど同時に眠ってしまい、24時に起されたものだから、目が冴えてしまって眠れないでいるからなのです……。

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