新知識の仕入れ

in 思考の果実

この歳になっても新しい知識を習得するって、すごい面白い!と素直に思った。

パン屋のための第一歩 | HACCO STORYWRITER

この記事を自分で読み返して、「だったらなんで僕は学校の勉強で『新しい知識の獲得って楽しい!』とならなかったのだろうか」と思った。高校時代に物理や化学の知識を仕入れるのが超楽しいと感じていたら、今頃理系の大学にでも行けてたのかもしれない。

いや、小学校や中学校くらいだったら新しい知識を知ることはまだ楽しいことだったのではなかったか。どこからこうなった?どこから「めんどくさい」と思うようになった? 高校時代か? 社会人か?

ひとつ考えられるのは、「自分の暮らしに関わる新しい知識」については、何歳になろうが仕入れれば仕入れるほど面白い、ということだ。おそらく高校時代の僕は物理や化学の授業が「自分の生活や趣味」に関わることではなかった。だから面白いとも必要性が高いとも感じることができず、興味が湧かなかった。だから学ぶことが楽しくなかった。

もうひとつは「この知識を学べば、将来において自分の好きなことや、やりたいことに役立つのではないか」と想像できる物事であれば、新知識の仕入れは楽しいのではないか、ということだ。これにはあらかじめ『ゴール』を定めておく必要がある。朧げなゴールであったとしても構わないと思う。「将来こんなことしたい」というゴールから逆算して、この知識がもしかしたら使えるかもしれないと少しでも考えられるならば、覚えるという作業は自ずと楽しいものではないだろうか。だってそれを覚えることこそが、夢を叶える一歩なのだから。「これを実行すれば夢に近づくんだ!」という意識で行動するって楽しいにちがいない。他の人のことは知らないが、僕にとってはパン屋を開くにあたって遠かれ近かれ必要なことだったから、どんな些細なことでも興味深く見聞きできる。もしも物理学や化学を応用したパンづくりだとするならば(たぶん実際使うだろうけど)、物理学や化学の習得も楽しいのかもしれない。

要は常に「これからの自分はどう在りたいのか」を、いつも考える。その様子を想像する。「それがはたして本当に実現できるかどうか」などとは一切考えなくてもかまわない。

ただただ、「自分はどう在りたいのか」や「こんな暮らしができたら楽しいだろうな」を想うこと。それがあるから一見めんどうくさかろうが大変だろうが、いつも前向きに取り組むことができる。

それこそが、人が生きるうえで大切なことなんだろうな、と思う。

今までの自分と関係がなかったとしても、これからの自分に関係のある新しい知識を仕入れるのって、すごい面白い! 何歳になっても面白い! と素直に思った。

で、後日送られてきた食品衛生責任者の看板

で、後日送られてきた食品衛生責任者の看板

思考の酵母: ,