パン屋がはじまる(3)

in 思考の果実

妻が作りたがる「ボカリージョ」。それはスペインの代表的なサンドイッチのことだった。妻はフラメンコを15年ほどしており、スペインで暮らしていたこともあるので、向こうで食べたボカリージョをこっちでやると絶対成功するよ!と強い口調で言うのだった。

ボカリージョはパリパリの固いバケットに生ハムを挟んで食べるのが一般的。卵やちょっとした野菜やチーズなども挟んで食べたりもするらしい。が、やっぱり「ハードパンに生ハムのみサンド」が、シンプルで飽きがこず、絶妙な美味しさなのだそうだ。

普通のフランスパンやアンパン等なら「菓子パン類」に入るが、カレーパンやホットドッグなど肉や野菜が入るパンは「調理パン」となり、衛生的にも必要な許可やスペースが全然違ってくる。食中毒のリスクなど考えたら当たり前のことだ。肉や魚を挟むなら完全に調理パンの部類だが、焼いたりしないで食べられる生ハムは、もしかしたら菓子と調理のグレーゾーンを突いて出すことができるんじゃないか? などと邪な思いを持ってもいた。そして、インターネットで生ハムの原木を買ってきて屋台の正面にドンと配置し、それをナイフで削りながらその場でサンドしボカリージョを出す。品はそれだけ。そのシンプルさとインパクト、そして「そんなパンは食べてそうでまだ食べたことがない!」と思わせる「引きの強さ」を兼ね備えた屋台になるに違いない。そう考えた。

パンのカタチは「クッぺ」にすることにした。ミニバケットみたいな小さめの細長いパンを何度か焼いたことがあるが、どうも直径が細いと相当硬いパンになってしまってうまくいかなかった。カンパーニュのような、「お饅頭」的なフォルムで、出来るだけ直径が太いパンじゃないと、程よい柔らかさを持ったパンが作れない。少なくとも今の僕の腕では作れないな、と思っていた。それをどうカバーしようと考えて、ミニフランスパン的なやつじゃなくてクッぺにして、このサイズでも太さが出来るだけ出るようにカンパーニュとは違ってNON-GMOの菜種油を足すことにした。かくしてクッぺははち切れんばかりに膨らんで焼けて、手元に生ハムが無かったので卵焼きでボカリージョを作ってみた。旨い。フカフカしながらもどっしりとした食べごたえ。とてもパワフルだ。

スクランブルエッグを挟んでみた。うまい。

じゃあ次にいよいよ生ハムでのボカリージョ作りにチャレンジしてみた。ここ徳島の中山間地域・神山町で、生ハムなどオシャレな食材を売っている店などあるはずもなかった。徳島市まで行かねばならんのか……と思うも、ふと町のフランス料理店「オニヴァ」で売ってくれんかな?と閃いて、電話をしてみたら売ってくれるとのこと。夜に車を走らせてオニヴァで2人前を買わせてもらった。

その時「でも採算合うの?」と言われた。いや、多分合うはず。粉を国産小麦でも、玄米甘酒酵母なら採算は合うはずじゃないかな、でも一個あたりにどれ何グラム挟むかですべて決まるよな? と思い、まずは生ハムってどれくらいの量でどれくらいの重さなのか、ということを知らねばならなかった。

生ハムの原木は、可食率はだいたい50〜55%くらいらしい。脚の骨から分厚い脂肪などは食べない部分で、食べられる肉の部分がだいたいそれくらいらしい。となると、たとえば4万円の原木5kgを一本買うと、食べられる肉は2万円分くらいで2.5kgと仮定する。となると1gにつき8円となる。だとすると、パンにどれくらいのボリュームを挟むといくらになるのかがわかってくる。

生ハムのみのボカリージョ。森口家バージョン。

バーン。こうしてみるととても美味しそうだ。そして実際にめちゃめちゃ美味しかった。外の皮はパリッとしてて、中はふわふわしっとり。そして生ハムの塩味がなんともよく効いていて、噛みしめるたびに味がギュッと出てきて……それはもう美味しいボカリージョになった!!

だが!だがだ。なんとこれでは原価が高すぎてぜんぜん売り物にならないことがわかったのである。だいたい1個500円くらいで売れたらな、と思っていたのに、これでは全然原価が合ってこない。合わせようとして生ハムを減らすと、「こんなんじゃ食べてる気がしない!」と思えてしまうくらいちょっとしか生ハムが入らないのだった。

いいものをつくればいいというものじゃない。買いやすい値段にできるだけ合わせていかないと、現実問題買ってくれなければどうしようもない。というわけで、夫婦でずいぶんと話し合った結果、今回の4K映画祭ではボカリージョを出すのは断念した。4、5種類のクッペと2種類のスープを出す店に決めたのだった。

クミン、チーズ、有機黒ゴマ、有機イチジクとクルミ、素のまま。5種類のクッペを作ってみた。しっかりとはち切れてて超うまい。

 

思考の酵母: