カテゴリー ‘思考の果実’ category

和貴の風車

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この夏休みは和貴の生活科の宿題、というものにも頭を悩ませた。

生活科の宿題というのは、生活の中で関心があるものを観察して、なんらかのかたちにまとめて報告したりする、というものだった。

観察するのはまだいけると思う。たとえば今年から持つことができた畑に住む虫をできるだけ調べ、カメラで撮ってプリントアウトし、紙に書いてまとめる、とかいうことも不可能ではないかもしれない。

でも、先に言ったように本人は「書く」ということをとても嫌がる。文章を綴ることがもう少し得意になってきだしたら、好きになってくれて、どんどん自分から書いてまとめたがるのかもしれない。でも今は好きじゃない。どうすればいいのか。 (さらに…)

夏休みの宿題(1)

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小学校一年生の長男・和貴の夏休みの宿題が大変だった。

無論、我々両親は我が子に勉強させることについては熱を入れている。ダメだからと言って放ったらかしにする気は毛頭ない。でも、長男は記憶することがとても苦手で、ひらがなを覚えるのも苦手。よって、日本を読むどころか書くことも現在けっこう大変である。

そんな中、小学校に入ってはじめての夏休みの宿題が出た。結構出た。「ほんとうにこんなボリュームを1年生がやるの?僕らの1年生の頃って、こんなに宿題あったか?」と疑いたくなるくらい、結構な量が出た。

厄介なのは、計算ドリルのような「問われたことを解いていく勉強」ではなく、「自分で考えて答えをつくっていく勉強」のほうだった。つまり作文だ。
夏休みの宿題には、その日あったことを一言だけ書く一行日記と、お気に入りの日だけ描く絵日記、朝顔の成長記録を絵と文で書いたりする宿題があった。それらも自主的に書くというのはまだまだ難しく、親がインタビュー的に「今日は何日?」「今日は何をした?」と聞いて、答えたことをまず親がひらがなで書いて、それを読んで書いてもらう、という作業を続けた。

その中では、読書感想文が一番大変だった。

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やりたいことで、やっていこう

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6月からベーグルをやめてカンパーニュばかりを焼いていたところ、先々週いきなり「予約」というものが初めて入った。喜多の安心市に卸してるレーズンのカンパーニュをホールで3つ。僕に電話で問い合わせたかったが連絡先がわからず、ネットで検索しても出てこなかったから、店に「次に焼いて持ってくるときに3つとっといて」という予約を頼んだ、とのことだった。
そうか、予約か。それだと欲しいパンが欲しい分だけ手に入るから、たしかにいいな。こっちも売れ残るということがなくなるし。そう思って焼いて納品した。

 

するとついこの間の夕方、突然見知らぬ番号から電話がかかってきた。

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カンパーニュに特化してみる。

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ベーグルの売上が下がってしまってから、僕らは「ちがうパンもシリーズ的に売ってみよう」と考えた。それまでは喜多野安心市ではかなりベーグルに特化していた。最初はあれもこれも並べるよりも絞ったほうがいいと考えていたし、そもそもそんなにたくさんの種類のパンをつくる技術も時間もまだまだだったから。でも、「ベーグル屋」となるよりやっぱり「パン屋」でいたいし、ジャンルは4,5種類くらいに絞るかたちで新しいジャンルのパンも売っていこう。そうふたりで話し合った。 (さらに…)

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モリグチャウダーのベーグルの推移

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以前、僕達のパンは最初「スペルト小麦のパンとライ麦パンでいく」と書いた。僕自身の健康のための試験であり、何か他所とは違う特色を出すべきじゃないか、と夫婦ふたりで相談してのことだった。まず第一段階のチャレンジだった。

そして、三男が出産する前、徳島市にある健康食品店「ぱんぷきん」から「スペルト小麦のパンやベーグルを卸す」という話がまとまり、少ないながらもベーグルを中心に売らせてもらえるようになった。

今となっては「幻」のスペルトベーグル。徳島大学フューチャーセンターのイベントに出店もしたが……。

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妻の闘争

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ここ神山町ではやたらと家の中でムカデを見かける。近年の建売住宅などでよく見られるような超気密住宅ではムカデはあまり出ないのかもしれないが、我が家は築50年ほどの平屋の一軒家。マンションの一室などではなく、地続きでもあるからか、川のそばで湿気も高いからか、けっこうムカデを見かける。 (さらに…)

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ハンバーグ

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家族の絆を確かめたとき

 

昔、「交響詩篇エウレカセブン」というアニメで、主人公の爺であるアクセル・サーストンがこう言うシーンがあった。主人公にもそう言い、新しく孫が出来てはそう言っていた。家族の絆を確かめた時にハンバーグを食べる。素直に素敵だな、と思った。

ただ、僕の中では「記念日に特定の店で外食」というところがひっかかった。外食は美味しい。外食は楽しい。でも、何年、何十年経ってもその店が営業しているかどうかは誰にもわからない。もしかしたら潰れてるかもしれない。潰れてしまうとそのハンバーグも食べられないし、祝えなくなるのではないか。そういう気持ちがどっかであった。 (さらに…)

ご飯をつくるということ(3)

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怒涛の4月が過ぎ行き、5月になった。妻も家の中でようやく立ち上がって歩けるようになり、料理は徐々に妻が担当してくれるようになった。

家族みんなの料理を毎日三食自分で作ってみて、特に大変だったのは「調理のタイミングをいかに図るか」と「毎日の献立をどう組み立てるか」というところだった。

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ご飯をつくるということ(2)

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妻が帰宅してからは、今度はレシピが逆になった。当然母乳育児になるので、油脂や乳成分が多い食事はNGなのである(胸がすぐに痛くなるらしい)。基本的に全て和食というオーダーが下された。

そこで「とにかく味噌汁は毎食必須」ということで、出汁を取り続けて味噌汁を作りつづけた。最初は日頃妻が使い続けているかつお節や鯖節を使い続けた。見た目にも香り的にも出汁が出ているようすがわかりやすく、僕にも作りやすい。序盤はこれだ、と思ってガンガン出汁をとり、出汁殼はどんどん冷凍庫に入れていった。(溜まった出汁殻で佃煮のをつくった。子供たちに好評)鰹節・鯖節はとても使いやすかったが、すぐに無くなってしまった。 (さらに…)

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ご飯をつくるということ(1)

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三男が3月31日に生まれてからの一ヶ月間は、家事はほぼほぼすべて僕がやった。パンの製造はすべてストップさせ、デザインの仕事のみに集中しながら、ひたすら出汁をとってご飯をつくった。

洗濯や掃除なら今までだってずっとやってる(いや掃除は妻に任せている部分が多いっちゃあ多い)。でも、結婚してからというもの、料理だけは妻に任せっぱなしだった。ここ神山町で子供を産む、ということは、夫婦どちらの両親にも頼らないということであり、出産直後、助産院で三男と体を休ませ続けているときも、三男とともに帰宅してからも、ずっとご飯をつくった。4月はご飯を作った思い出しかない。 (さらに…)

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