カテゴリー ‘思考の果実’ category

テレビとオモチャ

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サンタさんから欲しいプレゼント。それはいつだってオモチャだ。

僕はそうだった。そして僕の息子たちも同じくそうだった。妻は昔「どうせなら『タメになるもの』を与えたほうがいいから、図鑑とかいいんじゃない?」などと言ってきたが、「それは本当に本人のタメなのか?実は母としての自分のためにではないのか? それで本人は喜ぶと思ってるのか?」と反対したことがある。

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サンタ的なアレ

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今日はクリスマスイブなのでサンタ的なアレなんですが、「サンタを何歳まで信じるのか」という問題もあるけれど、今現在夫婦で揉めているのは、「仕込み」をいつやるか? という問題だった。 (さらに…)

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その場所で常に人を迎えている

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今日は徳島市にある「ナガヤプロジェクト」というお店にてパンを販売させていただいた。パン屋部門のモリグチャウダー、今年最後のパンの店頭販売だった。

ナガヤプロジェクトとは、その名のとおり2棟並ぶトタン板外装の長屋をいい感じのショップ群にリノベーションしたお店のこと。そこで今月から月2日パン屋として出展させていただいてる。今年は2日しか出店させていただいておらず、とにかくデザイン部門の年末進行が重なっててパン焼き仕事にどう考えても無理がたたってしまっていて、「こうすればもっとお客さんが来てくれるかも」というアイデアは宙に浮いたまま、年内の仕事は終わってしまった。
来年からは、たとえばベーグルのサンドイッチによるテイクアウト可能なランチや、何種類かの味のカンパーニュをスライスし、野菜のみでつくったウチのスープと共にいただく軽食、などといった料理を提供しながら、カンパーニュやライ麦パンを販売できたらいいな、と思っている。(乳飲み子を抱えて誰がそれを店頭で作るのか、という論争が、夫婦間で早くも始まっている) (さらに…)

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砂糖なしシュトレンの誕生

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この前、「しっとりVSほろほろ」というブログを書いた。砂糖とバターを使わないシュトレンはシュトレンじゃないんじゃないか。確かに僕はそう書いた。そもそも昨年と違う味にすると、昨年に続いて買いたいというお客さんに悪いんじゃないか。そう書いた。

そう書いたら、なんと「その砂糖とバターを使わないシュトレンが欲しい」とおっしゃるお客さんが2人現れた。砂糖なしにニーズがあるのか、乳製品がNGな人にニーズがあるのか、どっちなんだろう?と夫婦で話をしながら、「これで果たしていいのか?」という気持ちも抱きつつ、「もうちょっとラム酒漬けドライフルーツを増やしたら、前回よりもしっとりさが増すのではないか。妻は水面下でさらなる味の調整を加えて、そんな砂糖とバターを使わないシュトレンを販売した。

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農地の拡大

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森口家は現在、農地の拡大に努めています。

事の発端は、僕が次の仕事の資料のひとつとして「シティ・ファーマー 世界の都市で始まる食料自給革命」という本を借りてきたことだった。
この本の内容は端的に言うと「現在の農業は『できるだけ大きいサイズで均一な形の野菜を、いつでもどこでも買えるように』という市場の要求に答えるための仕事になっている。それから脱却し、安心・安全な食料を手に入れるためには、あなたの身の回りを活かしてあなたのために野菜を育てればいい」という内容の本だ。それを実行に移している世界各国の都市の実例を取材してまとめた本だった。
これを読んだ妻がいたく感動。「そうや!家からすぐのあの耕作放棄地っぽい空き地も、あの耕作放棄地っぽいよくわからないところも、どんどんウチらの畑にしたらええんや! もう先に勝手に開墾してしもたらええんや!」と言い出したのである。 (さらに…)

しっとりVSほろほろ

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砂糖を入れず、トランスファットフリーショートニングでつくったシュトレン。焼き上げて、一週間寝かせて熟成させ、食べてみた。

「うわー。中がホロホロやー。これは美味しいなあ。甘くないし」

妻はそう言いながら食べるのだが、僕は、僕個人の思いを率直に述べると、

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ノンバター

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砂糖無し・バター無しのシュトレンづくり。ことの発端は妻の体調からはじまっているが、よく考えたら砂糖は摂らないほうがいいに決まってるし、乳製品アレルギーの人にもニーズがあるかもしれないこのシュトレン。とにかくいろんな方向で試作を行い続けた。

まず砂糖。そもそも僕らは甜菜含蜜糖という大根から作られた糖でシュトレンをつくる。だから外側の衣は真っ白というよりほんの少しベージュ。「見栄えのよさ」ではなく「健やかな食材をできるだけ使いたい」という考え方を優先させるためだ。味も精製糖よりもいい。 (さらに…)

ノンシュガー

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この秋、妻は虫歯の治療に専念していた。

奥歯に大きい虫歯があるらしく、もう治療法がほぼ無いようなレベルに達しているらしかった。解決方法というと「神経を抜く」というものくらいしか無いらしかった。
神経を抜くと痛みがないからいいじゃない、と僕は気軽に考えていたが、歯というのは一見して骨のような固い無機物に見えて、実は中には細かい細かい血管が張り巡らされている、柔らかいものなのだそうで(外側のエナメル質が固い)、神経を抜いてしまうと樹木でいう「立ち枯れ」状態になってしまい、血も中で流れないので自己治癒力も無くなり、実はまあ大変なことになるものらしい。

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和貴の風車

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この夏休みは和貴の生活科の宿題、というものにも頭を悩ませた。

生活科の宿題というのは、生活の中で関心があるものを観察して、なんらかのかたちにまとめて報告したりする、というものだった。

観察するのはまだいけると思う。たとえば今年から持つことができた畑に住む虫をできるだけ調べ、カメラで撮ってプリントアウトし、紙に書いてまとめる、とかいうことも不可能ではないかもしれない。

でも、先に言ったように本人は「書く」ということをとても嫌がる。文章を綴ることがもう少し得意になってきだしたら、好きになってくれて、どんどん自分から書いてまとめたがるのかもしれない。でも今は好きじゃない。どうすればいいのか。 (さらに…)

夏休みの宿題(1)

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小学校一年生の長男・和貴の夏休みの宿題が大変だった。

無論、我々両親は我が子に勉強させることについては熱を入れている。ダメだからと言って放ったらかしにする気は毛頭ない。でも、長男は記憶することがとても苦手で、ひらがなを覚えるのも苦手。よって、日本を読むどころか書くことも現在けっこう大変である。

そんな中、小学校に入ってはじめての夏休みの宿題が出た。結構出た。「ほんとうにこんなボリュームを1年生がやるの?僕らの1年生の頃って、こんなに宿題あったか?」と疑いたくなるくらい、結構な量が出た。

厄介なのは、計算ドリルのような「問われたことを解いていく勉強」ではなく、「自分で考えて答えをつくっていく勉強」のほうだった。つまり作文だ。
夏休みの宿題には、その日あったことを一言だけ書く一行日記と、お気に入りの日だけ描く絵日記、朝顔の成長記録を絵と文で書いたりする宿題があった。それらも自主的に書くというのはまだまだ難しく、親がインタビュー的に「今日は何日?」「今日は何をした?」と聞いて、答えたことをまず親がひらがなで書いて、それを読んで書いてもらう、という作業を続けた。

その中では、読書感想文が一番大変だった。

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