思考の酵母 ‘糸井重里’

「こうありたい」人とのつきあい方

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「ほぼ日」という会社(法人)が、
どんな人格でありたいかを考えるときに、
吉本さんのことばはとても参考になった。
「ほぼ日」の乗組員の「人とのつきあい方」にも
「こうありたい」を考えた。

それを3項目にまとめたメモがある。

(1)敬意を持って接する。

相手の地位や年齢に関わりなく、
いつでも謙虚であれ。
馬鹿にするくらいなら、最初からつきあうな。

(2)損をさせても、してもいけない。

相手を高くあつかうあまりに、
言いなりになってはいけない。
そのためにはアイディアが必要になる。
どちらにも、よろこびがあるように。

(3)どうしたいのかを、忘れるな。

いっしょに、どういうふうになりたいのか。
どうなったら、みんながうれしいのか。
それを忘れたら、うまく行っても、
ただの勝ち負けになってしまう。

きれいごとに聞こえるだろうか、そうでもないだろうか。
磨き込まれたものではないけれど、真剣に書いた。
「ほぼ日」新人の乗組員たちにも、伝えておかなきゃね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
こうありたいには(完全でなくても)近づくことはできる。

【糸井重里:ほぼ日刊イトイ新聞/今日のダーリン】

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自分の感性が落ちているとき

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首の骨が折れるくらい首肯く! <座右の銘は『人の芝居が下手に見えた時は、自分が下手になっている時だと思え』です。駄目な人ばかりに目がいって、上手い人に目がいかなくなったら、自分の感性が落ちているということだと思っています」>山本學

 

糸井 重里

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聞き書きの手法

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だから聞き書き甲子園の高校生たちには、つまらないと思うような日常的なことを聞きなさいって言うんです。
例えば「毎日何を食べているのですか?」って聞くようにとか。

「炭焼の仕事をしている人は、すぐに食べられるし、水分補給も兼ねてお茶粥を食べている人が多いよ」というように。
職業によって食べものもちがってくるはずですから。

「漬物は、沢庵なのか茄子なのか、というようなくだらないこともきくんですか?」

「もちろん聞きなさい。茄子ならどちらからかじるか、ヘタからかじるかも訊ねなさい」

「ほんとですか?」

「考えずに済むことをしゃべっている時には、まちがいなくほんとうのことを言ってるんだから、そういうことを聞くんだよ」って。
糸井 ほんとのことを言いつづけていると、ほんとのことしか言えなくなるというか、なんかスリップストリームみたいなものに入るんですよね。あれも聞き書きの快感ですね。

塩野 「人生」を訊ねるとありふれた話をするからそれは聞かなくていいんです。ごはんの食べ方だとか箸は誰が作っただとかでは人はウソをつかずにすぐ答えてくれますから。

糸井 「人生って何だ?」とか「幸せって何だ?」とかって、窮して出てくる答えをおもしろがるというテレビでの流行が、いつしか根づいてしまった問いなんでしょう。数字や知識の助けを借りない実感を豊かに持っている部分が、人間のおもしろさなのに、ね?

 

ほぼ日刊イトイ新聞 -聞き書きの世界。

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糸井重里さんが論じる伊丹十三

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糸井 僕は、育ちが「落語・漫才」なんですよ。

いや‥‥「育ちが」というとヘンですけれども(笑)、テレビのない時代から生きてるわけです。つまり、家庭内の娯楽が「ラジオ」だった時代。そのなかで「落語」というものが、本当に好きだった。

たぶん、そこで「耳から聞こえてくる言葉」が僕をかたちづくる原料になったんですね。

もちろん、若い時期ほど教条主義的ですから、むつかしい「書き言葉」に憧れた時期もあるんですよ。

でも、本を読んで、何が書いてあるかわかんなくても、それって、なかなか人に言いづらいじゃないですか。

たとえば「植木等さんのテレビドラマ」のおもしろさはあれだけわかるのに、むつかしい「書き言葉」の「本」を渡されると、もう、よくわかんなくなっちゃうんです。

そんな「コンプレックス」のようなものを持っていたときに、伊丹さんの「話し言葉を文章にしたエッセイ」があらわれたんです。

もちろん、それまでにだって、似たようなものはあったはずなんです。つまり、座談会とか対談記事なんかの類はいくらでもあったんでしょうけど、伊丹さんの「話し言葉」は、まったくちがったんです。

「話し言葉」のなかにある「冗長性」といいますか、無駄な小骨だとか、はらわただとか、血あいだとか‥‥魚でいえば、そういう部分をわざと「飾り」のように残しておく‥‥といいますか。

でも、それが実は、「読みやすく整理された文章になってる」ことには、あとから気づくんですが、「これって、ありなんだ‥‥」って思ったときには何ていうんでしょう‥‥興奮したんです。

興奮して、自分でも、やりたくてやりたくてしょうがなくなったんですね。

で、20代半ばくらいのときかな、原稿用紙4枚ていどのエッセイを頼まれるようになって、それをやったんです。

「書き言葉」と「話し言葉」を、ごちゃまぜにした。

やってみて、何がよかったかというと「ロジックで追い込んでいって、結論を出す」なんてことをしなくても、「ま、そんなこんなで」って書けば済んじゃう(笑)。

そして、自分の「思い」を間にはさめた。

これはもう、伊丹さんが「ま、そんなこんなで」とやってくれたおかげです。

実は、伊丹さん以外にも、ぼくにとっての「先達」がもうひとりいるんですが‥‥とにかく、助かりました。

「あっちの敷地に3坪ほどあるから掘立小屋でも建てなよ」って言われたくらいの‥‥何だろう、「場所」をくれたって気するんですよね、伊丹さんが。

僕というものを、生かせる場所を。

ほぼ日刊イトイ新聞 – 第1回伊丹十三賞をいただいた記念に『考える人』松家仁之編集長とトークショーをさせていただきました

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