思考の酵母 ‘育児’

夏休みの宿題(1)

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小学校一年生の長男・和貴の夏休みの宿題が大変だった。

無論、我々両親は我が子に勉強させることについては熱を入れている。ダメだからと言って放ったらかしにする気は毛頭ない。でも、長男は記憶することがとても苦手で、ひらがなを覚えるのも苦手。よって、日本を読むどころか書くことも現在けっこう大変である。

そんな中、小学校に入ってはじめての夏休みの宿題が出た。結構出た。「ほんとうにこんなボリュームを1年生がやるの?僕らの1年生の頃って、こんなに宿題あったか?」と疑いたくなるくらい、結構な量が出た。

厄介なのは、計算ドリルのような「問われたことを解いていく勉強」ではなく、「自分で考えて答えをつくっていく勉強」のほうだった。つまり作文だ。
夏休みの宿題には、その日あったことを一言だけ書く一行日記と、お気に入りの日だけ描く絵日記、朝顔の成長記録を絵と文で書いたりする宿題があった。それらも自主的に書くというのはまだまだ難しく、親がインタビュー的に「今日は何日?」「今日は何をした?」と聞いて、答えたことをまず親がひらがなで書いて、それを読んで書いてもらう、という作業を続けた。

その中では、読書感想文が一番大変だった。

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ご飯をつくるということ(2)

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妻が帰宅してからは、今度はレシピが逆になった。当然母乳育児になるので、油脂や乳成分が多い食事はNGなのである(胸がすぐに痛くなるらしい)。基本的に全て和食というオーダーが下された。

そこで「とにかく味噌汁は毎食必須」ということで、出汁を取り続けて味噌汁を作りつづけた。最初は日頃妻が使い続けているかつお節や鯖節を使い続けた。見た目にも香り的にも出汁が出ているようすがわかりやすく、僕にも作りやすい。序盤はこれだ、と思ってガンガン出汁をとり、出汁殼はどんどん冷凍庫に入れていった。(溜まった出汁殻で佃煮のをつくった。子供たちに好評)鰹節・鯖節はとても使いやすかったが、すぐに無くなってしまった。 (さらに…)

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ご飯をつくるということ(1)

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三男が3月31日に生まれてからの一ヶ月間は、家事はほぼほぼすべて僕がやった。パンの製造はすべてストップさせ、デザインの仕事のみに集中しながら、ひたすら出汁をとってご飯をつくった。

洗濯や掃除なら今までだってずっとやってる(いや掃除は妻に任せている部分が多いっちゃあ多い)。でも、結婚してからというもの、料理だけは妻に任せっぱなしだった。ここ神山町で子供を産む、ということは、夫婦どちらの両親にも頼らないということであり、出産直後、助産院で三男と体を休ませ続けているときも、三男とともに帰宅してからも、ずっとご飯をつくった。4月はご飯を作った思い出しかない。 (さらに…)

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三男誕生

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2017年3月31日6時頃。僕は石油ストーブに暖まりながら、デザインの仕事の段取りを考えていた。考えていたが、それよりたしか明日でお世話になった商工会議所の人が異動してしまうのでライ麦パンを焼いて持っていこう、と思い立ち、100%ライ麦パンを3本仕込み終わったところだった。午後には焼き立てを持っていけるな、と思ってたら、珍しくこの時間帯に妻が寝室からやってきた。

陣痛が来たというのだ。 (さらに…)

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腰痛

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クリスマスから激しい腰痛に見舞われていた。

僕の腰痛との付き合いは中学時代まで遡る。中学からはじめた陸上競技において、練習のしすぎと練習方法の悪さからか、僕は腰痛持ちになった。高1ではじめてMRIを受けた結果「軽いヘルニア」と診断されたこともあった。その頃からだましだまし腰痛とは付き合っている。 (さらに…)

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それから

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前の記事が12月3日の投稿。それから約1ヶ月経って。息子はようやく以前とだいたい変わらないくらいにしゃべるようになった。徐々に、徐々に、先週の月曜日より今週の月曜日の方が単語が増えていって笑顔も増えていくような、そんな12月だった。もう風邪も引くことなく、快便で肉体的には元気になっていた。 (さらに…)

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連休のすごしかた

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連休の過ごし方が昔と比べてずいぶんと変わった。

一人でいるときは「いかに自分の時間として有効に使うことができるか?」だった。フィルムカメラを持ってどこかに出かけたり、当時付き合っていた妻と遊びに行ってばかりだったと思う。

結婚して、仕事が楽しくなってきた頃は「連休のどこを仕事に回すか?」をよく考えていた。考えざるを得なかったと言うと少し悲しいが、与えられた仕事を「自分ごと」と考えたら考えるほど、日頃追いついていない仕事を連休で消化させたり、休みだからこそ手をつけられる仕事をしていた。

しかし、子どもが生まれて、子どもが話せるようになって、本人にやりたいこと、やりたくないことなどの「意志」が生まれて、どこまでもどこまでも走れるようになってくると、僕の中での連休という期間の捉え方が変わってきた。 (さらに…)

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今の状況で『遊び』をクリエイトする

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ゴールデンウィークなるものが今夜で終わる。

デザインの仕事に携わるようになってからまるまる休んだことなど一切無かったゴールデンウィーク。お客様と連休中に電話やメールで進捗状況を連絡し合いながら、連休中にデザインを提出したり、連休明けの午前に提出したりする仕事が毎年なぜかあったため、もはやその意味がよくわからなくない気がしていた。しかしながら、今年は仕事をそれほど抱えておらず、連休中や明けの午前に出さねばならない仕事が無かったために、本当に10年以上ぶりに家族とゴールデンウィークを過ごした(とはいえ夜は仕事を進めてはいます)。

今年は4歳の長男と生後2ヶ月未満の次男がいるので、その面倒に追われる連休だった。下の子が1歳以上だったとしたら、4人でどこか遠いところに旅行にでも行けたんだと思うけれど、生後2ヶ月未満は危険が多すぎる。しかも今はクルマが無いため余計に外出が大変。というわけで今年は旅行はせずに「親のちょっと行ってみたいところ」と「長男を遊ばせられるところ」に出ていた。

前者は兵庫県立美術館のガウディ×井上雄彦展とアースデイ神戸だけで、これには次男の真言も帯同。道中でなんとか布おむつを変えながら、授乳しながら移動した。長男をいかに退屈させずに長距離を歩かせるか、が課題だった。
後者は近所の大きい公園や立命館大学大阪キャンパスにある児童公園、あと扇町公園などに長男を連れて連日通った。どこも同じような境遇の親子連れでごった返していた。

4歳ともなるとやはり同世代の子たちと遊びたがるもので、初対面であれお互いに「不快な何か」が無ければ仲良く遊ぶものなんだということに今回改めて気づいた。立命館では女の子姉妹とずっと水遊びをして、日暮れで先方が帰るというと別れる寂しさを感じてひとりしんみりしている長男がいたりした。今日の扇町公園でもものすごく仲良くなった3歳児と帰る瞬間まで手を引っ張って遊んでいた。

4歳の長男を見ていると、人間は「同世代と遊ぶことを欲する生き物」なんだと思った。どれだけ親しく優しい親や祖父母が遊んでも、「遊んであげる×遊ぶ」の関係が子どもながら感じてしまうのか、たとえ親たちが「対等に遊ぶ」ことを努力したとしても、生きてる年月の差が否応なしに生み出してしまう「視点の高さの差」のようなものを感じてしまうものなのかわからないが、「親たちと遊ぶ」と「同世代と遊ぶ」とでは明確な差があるように見える。
6歳の子などと遊ぶと論理性にとても差があるから、4歳児の言ってることが6歳児にわからず、6歳児から「合わせてあげる」的なつきあいかたされることも多く見える。
また、同じ年or年下と遊ぶと「独占欲の衝突」が起こって力の弱い方を虐げたりしていることも多く見える。

でもそれでも、「親たちと遊ぶ」のと「同世代と遊ぶ」のとでは、子どもが自主的に「今の状況で『遊び』をクリエイトする」ことのステージの高さが明確に違う気がする。
たとえ初対面であれ(往々にして初対面)同世代の子でフィーリングの合う子と出会うと、とにかく単純なことでもなんでもいいから「今一緒にできる『遊び』」をクリエイトしはじめる。もう砂いじってるだけでも、単に追いかけっこをしているだけでもよいらしく、「いっしょにできる、楽しめる遊び」が、その場で発明される。

そんな「空気」がお互い居るその場で生まれる瞬間、なにかかたちにならないものを初対面の子ども同士で創造しはじめる瞬間に、僕が遠くから見守るスタンスになって立ち会う。この楽しさったらないな、と今日思った。

親になってよかったと思う。(両腕の日焼けに苦しみながら)

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まこちゃん

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次男の名前を決めるのにすごい時間がかかってしまった。
名前の意味が、発音が「ピタッ」とくる名前がなかなか出てこなかったからだった。
意味が良くても発音が良くない。聞き取りにくかったり、「それは人名として発音するのは無理がある」という名前だったり。
また、呼ぶ言葉が可愛らしくていいな、と思っていても、今更その名前はいささか古いのではないか?とか、今は可愛くてもおっさんになっても可愛い呼ばわりされかねないのはいかがか?とか。
そういうことがずっと繰り返されていた。

時折、候補が一周回って「やっぱり純次がいいんじゃない?」と妻に話を持ちかけたが、真顔で否定され、相手にされなかった。そういうことを10ターンくらい繰り返してから、最終的に命名締め切り当日に「真言」も含めて4つの候補が残っていた。

どうしようかな…どれがいいかな…と思った末、長男の和貴に「どれがいい?」と話してみたのだった。

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男達の不安

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で、今日次男が産まれて、妻は5日後の日曜日まで助産院に入院することになった。当然のことだ。

今日は5時半に帰宅し、10時に和貴に起こされ(泣かれて)、15時くらいまで食べ物やDVDでなんとか和貴の不安をごまかしながら、仕事をした。
それから助産院に向かい、18時前まで4人でくつろいだ。みんなの写真を撮った。
楽しかった。

 

今回の出産での入院について、僕ら夫婦の間で「もしかしたら」「いやもしかしなくても当然そうだろ」的な、口に出すまでもないけれどそこはかとない不安が、ひとつあった。

「はたして和貴は『母と一緒に居ない』という生まれて初めての状況を、受け入れることができるのだろうか」

 

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