ご飯をつくるということ(3)

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怒涛の4月が過ぎ行き、5月になった。妻も家の中でようやく立ち上がって歩けるようになり、料理は徐々に妻が担当してくれるようになった。

家族みんなの料理を毎日三食自分で作ってみて、特に大変だったのは「調理のタイミングをいかに図るか」と「毎日の献立をどう組み立てるか」というところだった。

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ご飯をつくるということ(2)

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妻が帰宅してからは、今度はレシピが逆になった。当然母乳育児になるので、油脂や乳成分が多い食事はNGなのである(胸がすぐに痛くなるらしい)。基本的に全て和食というオーダーが下された。

そこで「とにかく味噌汁は毎食必須」ということで、出汁を取り続けて味噌汁を作りつづけた。最初は日頃妻が使い続けているかつお節や鯖節を使い続けた。見た目にも香り的にも出汁が出ているようすがわかりやすく、僕にも作りやすい。序盤はこれだ、と思ってガンガン出汁をとり、出汁殼はどんどん冷凍庫に入れていった。(溜まった出汁殻で佃煮のをつくった。子供たちに好評)鰹節・鯖節はとても使いやすかったが、すぐに無くなってしまった。 (さらに…)

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ご飯をつくるということ(1)

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三男が3月31日に生まれてからの一ヶ月間は、家事はほぼほぼすべて僕がやった。パンの製造はすべてストップさせ、デザインの仕事のみに集中しながら、ひたすら出汁をとってご飯をつくった。

洗濯や掃除なら今までだってずっとやってる(いや掃除は妻に任せている部分が多いっちゃあ多い)。でも、結婚してからというもの、料理だけは妻に任せっぱなしだった。ここ神山町で子供を産む、ということは、夫婦どちらの両親にも頼らないということであり、出産直後、助産院で三男と体を休ませ続けているときも、三男とともに帰宅してからも、ずっとご飯をつくった。4月はご飯を作った思い出しかない。 (さらに…)

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ついつい寝かせてしまって

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今日はこんなことがあった。面白かった。とても思うところがあった。ブログに書こう。でも、子どもたちが帰ってきたらご飯から風呂から寝かしつけからてんてこ舞いで、さらに仕事も当然あるから、ブログは後回し……。

などという日々がこのところずっと続いている。そんなことを続けていると、今度は起こった出来事について考えたことが、自分の中で「流されて」しまっている。そのときの新鮮味も日々のやらねばならないことの波に「流されて」しまっている。そんな気がした。今。 (さらに…)

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誰も私に意味のあるアドバイスをすることはできない

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カルメン あらまあ。私が人生で学んだ1つのことは、まあいつもそのことを理解していたように思うけれど、誰も私に意味のあるアドバイスをすることはできないということよ。話される言葉は信用しないの。子供の頃から、人は、本当に意味することは、絶対またはほとんど言わないというのを見てきたから。だから私にとってはいつも、言葉を信じることは難しいことだったわ。

――あなたの心や、内なる本能を信じることは……?

カルメン それは感情でなければいけないわ。満足を感じられない場所にいて、それが仕事である人々に対しては、勇気を出してみるようにただ励ますでしょうね。何をすべきかなんて、誰にも言うことはできないわ。自分の想像を分析し、考え、利用すること以外にはね。想像のスピリチュアルな質を求めるの。考えはどこからやってくるのかしら? それは私たちが周りの物事をどう処理しているかということよ。私たちが聞き、見、感じ、触ったものすべてを。私たちがさらされているものすべてを。この奇跡のような世界で何をなすか? 選択肢はとても多いわ。人は自らを狭い箱の中に閉じ込めているのよ。なぜなら人間は文明にとっても、また自分の家族単位の小さな文明にとっても、共生的かつ平和に機能するための、何かを達成して物事を幸せにするための、非常に重要なルールを最初から与えられているのだから。幸せは訪れるはずなのよ。人はいい気分になるようにできているの。もしあなたがいい気分を感じていないなら、あなたが自分の船の船長よ。あなたが参加しているものの何が自分を不幸せにしているのかを見つけ出し、それをやめるかどうかはあなた次第。それが何かをあなたに教えてあげることは私にはできないわ。

「あなたが自分の船の船長」最高齢のスーパーモデルが贈る、情熱を持てない人へのアドバイス – ログミー

 

後ろ指差す人

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後ろ指差す人は、物理的に自分の後ろにいる。僕が向かう目線の先ではなく過ぎた過去にいる。振り向く余裕はないので、僕の中ではもうない人である。とりあえず、今と自分の最も手強い敵は自分自身であり、他人どころではないのが正直なところである。

陰口も同じであろう。そんな建物の隙間の影でこそこそ言われても、気付きようがない。目の前に面白そうな燦々と日光を浴びる遊び場に向かっている自分からすると、そんな日陰にずっといることがなんだかよくわからない。そんな遠くの声は届かない。

自分のことでこんないっぱいいっぱいなのに、誰かのことを心配する時間がない。そういう意味でいうと後ろ指差す人も陰口叩く人も、優しい人なのかもしれない。自分ではない誰かのことを心配する余裕が今の僕にも未来の僕にもあるのかがわからない。

良いことも悪いことも、どちらでも、僕のことに数秒でも時間を使ってくれたことだと思う。ありがとうございます。じゃあ、それぞれ次の自分のことをはじめましょうか。そっちのほうが楽しいと僕は思う。

松倉早星

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三男の名前(2)

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子供の名前をつけるにあたり、子供に教えてあげたいな、と思うことのひとつして「この世のすべてには二面性があるよ」が僕にはある。
善と悪。陰と陽。白と黒。光と闇。天と地。どちらか一方しか存在しない世界というのは無いし、そのどちらも併せ持ってこそ「人間」なんだと思う。どちらも持っていて、どちらか一方を排除することはできず、そのバランスの中で揺れ動く存在なんだと思う。どちらもあるからこそ人は悩みながら生きていくものなんだろうし、そしてどちらもあるからこそ人生の「壁」を乗り越える力を持てるんじゃないか。そういう気がする。 (さらに…)

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三男の名前(1)

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当の本人にしたら嫌がる話なのかもしれないが、三男の名前が(も)なかなか決まらない。

当の本人にしたら嫌がる話なのかもしれないが、もう3人目ともなると「次の名前、どーするー?」「うーん、どうしよっかねー。なんかあるー?」みたいな、とてもおざなりな、悪く言えばめんどくさい空気が夫婦を包んだ。とりあえず、長男・カズキと次男・マコトとは音がかぶらない(似ている発音だと呼ばれまちがいやすい)で、かつひらがなで3文字であればいいや、という無言のルールが夫婦間で組み立てられていった。(姓が4文字なので名前も4文字にすると発音がすこし重ったるい気がして) (さらに…)

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三男誕生

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2017年3月31日6時頃。僕は石油ストーブに暖まりながら、デザインの仕事の段取りを考えていた。考えていたが、それよりたしか明日でお世話になった商工会議所の人が異動してしまうのでライ麦パンを焼いて持っていこう、と思い立ち、100%ライ麦パンを3本仕込み終わったところだった。午後には焼き立てを持っていけるな、と思ってたら、珍しくこの時間帯に妻が寝室からやってきた。

陣痛が来たというのだ。 (さらに…)

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